20100223



土曜日の木村カナさんとのトークイベントでは、戦前の新聞の煽るような書き方の話から「ニュース語」の話になりました。
「ニュース語」というのはニュース特有の言い回しをさしますが、あれらは不可思議な日本語の宝庫です。
イベントでは清水義範さんの小説でおなじみ「バールのようなもの」や「などとわけのわからない供述をしており」が話題に上がりましたが、以前mixiのブログで同じようなことを書いたとき、読んだ方々から気になるニュース語として「わいせつ目的」「遊ぶ金欲しさ」「不安な一夜を過ごす」「イヤなムード」「我慢のゴルフ」「ドーンという大きな音とともに」などが挙がりました。

それにしても「などとわけのわからない供述をしており」は本当にすごい。
まず「などと」というのがすごい。
のっけから「なんかごちゃごちゃ言ってますけど」という、相手の言葉を聞く気がない感ありあり。
お笑い芸人「サンドウィッチマン」のコントでよく出るセリフ「ちょっと何言ってるんだかよくわかんないけど」に近い。
さらに「わけのわからない」という表現がすごい。
大体、誰が「わからない」のかといえば、容疑者の話を聞く人なわけで、主観であるという前提があるはず。
さらにいえば、わけのわからないことを言ったことのない人なんて滅多にいない。
人間だもの、寝ぼけたり疲れてたり飲んでたり動揺したりすればそういうこともある。
けれども、たとえハマコーがわけのわからないことを言っても「元自民党衆議院議員で政治活動家の浜田幸一さんは『なう!なう!なう! トリプルアクセル!!』などとわけのわからないことを口走っており、」とは言わない。
あくまで容疑者に使用される。
つまり「などとわけのわからない供述をしてお」る人は、明らかにあっち側にいっちゃったことが既成事実のような印象になる。
そうやって深読みしていくと、ニュース語は結構こわい言葉だと思います(実際問題、容疑者が覚せい剤とかやってたら言われてもしょうがないですが)。
「わいせつ目的」に関しては男性から「男子の人生なんてたいがい「わいせつ目的」。「わいせつ目的で、IT関連企業の社長になった疑い」とか「わいせつ目的で、メジャーリーガーになった疑い」とか」という意見もありました。
「遊ぶ金欲しさ」でいうと「働く目的なんてほとんど遊ぶ金欲しさじゃないか!」という話も(遊ぶ金もなくて何の人生ぞ)。
実際には、ここでいう「遊び」はパチンコをさすそうです。
「不安な一夜を過ごす」は、災害などで体育館に避難した人たちに使われることが多いですが、事実の重さに対してなげやりな紋切り型でちょっと失礼な感じ。
例えばこれが、大型連休に川遊びや農業体験をする子供たちを活写する際によく使われる「口々に歓声をあげていました」なら、なげやりでもまあいいか、となるのですが(しかし、映像をみると子供たちは黙々と作業してたりする)。
「イヤなムード」「我慢のゴルフ」はスポーツのニュース語で、聞き流しているけどよく考えると不思議な表現。
「ドーンという大きな音とともに」はわざわざ擬音を使うわりにありがちな表現で、味わい深い。
発語する際にアナウンサーが妙に力を入れたりするのも楽しいです。

などと揚げ足をとってるとキリがないけれど、かなり滑稽なニュース語という存在を、これからも見守っていきたい所存です。

20100221



昨日は「百年『と』不良少女 女の子が夜になっても遊び続ける方法」にたくさんのご来場、ありがとうございました。
予想を越えた入場者数で会場はすし詰め状態、丸椅子の足が絡み合うほどの混み具合で、いらしてくださったみなさまには大変ご迷惑をおかけしました。
でも、繰り返しますが本当に12月のイベントのときは来場者が少なくて損益分岐点ギリギリでハラハラしたんですよ…!
やはり木村カナちゃんの西荻人脈と「百年」さんの根強いファンのお陰ですね。
本当にありがとうございました。

最初に2525のライブを行ったのですが、お客様があまりに至近距離におられるので後に夢に見そうなほどシュールな感じでした。
お客様も目線に困って俯かれる始末…(その節は失礼致しました)。
演奏したのは、高橋裕さんオリジナルが「のら猫ジョニー」「ツカナ」「旅芸人の記録」、アレンジしたものが「東京行進曲1993」「東雲節」「深川くづし」、戦前のジャズが「暁の歌」「ヅボン二つ」「毎晩見る夢」、現代曲が「小さな空」でした(曲順などは2525稼業公式サイトをご参照下さい)。
イベント後の打上げではとくに「ヅボン二つ」という曲が褒められました。
これは1931年のフォックス映画『ルンペンの天国』(映画の詳細はこちら)の主題歌で作曲者未詳、作詞は石津豊(堀内敬三の変名)、編曲は井田一郎という黄金コンビ。
「人がモテるといって羨むことはないです/彼といえども踊るときの相手は一人です/パッカードかなんかを堂々ととばすのもいいけれど/円タクで行った道でもおなじことです/人に負けるといってくよくよしなさんな/偉くなってもヅボン二つ重ねて履けますか」という、電車は縦横無尽に走り、情報インフラも整った昭和6年当時ならではの歌詞です。
人と自分の人生を比べる機会も多かったことと想像でき、インターネット文化が繁栄している現代にも不思議にシンクロする価値観ですよね。
これを破天荒人生、軌道をはずれた人生と重ねて(人目なんか気にすんな!)トークの締めにすればよかったーと今ごろ反省。
ちなみに、2525稼業は呼ばれればどこででも演奏するお座敷バンドでもあります。
イベントに音楽が欲しいなーとお思いの際にはぜひぜひお声をおかけくださいませ。
アンプがいらないので野外でも家のなかでもどこでも演奏します。
音も大きくありません。どうぞごひいきに。
(CDはすでに録音済みで資金面で寝かせていたのですが、今年こそ出したいと思ってます)

さてさて肝心のトークですが、すごく楽しかった! です(わたしだけかもしれませんが)。
やっぱり気やすい友だちとの話は楽しいなあとあらためて実感。
ちょっと地が出過ぎたかな、と思うほどでした。
話に出た、わたしが気になってる女性「本荘幽蘭」については、以前別なブログに書いたものを下に転載しておきます(幽蘭については2014年現在、評伝を書き下ろし中です)。
あと「多摩のマライア」まとめサイトはこちらです。

ともあれ、昨日はありがとうございました。
またライブやイベントなど行う際には遊びにきて下さいね。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

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【本荘幽蘭】(本名:久代または久代子) 1879-?

父は久留米藩の要人で明治には大阪商業会議所の理事や弁護士などを勤めたという本荘一行。幽蘭は1879(明治12)年に生まれ、十代で父のすすめるままに結婚したものの姑と折り合わず離縁。好きな人と添えなかったことなども相まって悩むうちに精神を病んで巣鴨病院に入院します。退院後の1900年ごろに明治女学校に入学。学校では自作の文を朗読したり、演説したり、俳句をひねったりと才気煥発なところを見せましたが、幽蘭の師である青柳有美によると、このころから師を師とも、男を男とも思わなかったとのこと。しかし、容姿は「総体に均整のとれた美人型」で、ある先生は「宗教的顔(レリジュアスフェース)」と形容するほどの美人だったようです。卒業後は、新聞記者になり(本人は女性初と吹聴していたが事実ではない)その後転々と職を変えて再び『千葉新聞』の記者に。1907年末には「幽蘭女史吉原遊郭角海老楼に身売をなす」という記事が出、新宿「中村屋」の夫人で同窓でもあった相馬黒光は「女史の乱行、非常識はいまに初めぬことで、世間ではもう至るところで愛想を尽かされ、淪落の女として顰蹙されてはいるのですが、根は至って正直な人」だと考え、大切な開店資金で彼女を身受けしようと角海老楼に電話したところ「女史は吉原の遊郭を一軒毎に買ってくれと頼んで歩いたけれど、その様子から言葉つきから教養のある女性だということが一見あまりに明瞭なので、廃娼運動のまわし者だと疑われ何処の店もみな怖れをなしてことわった」ことがわかったという。その後の幽蘭は、上野に幽蘭軒という餅屋を開店してすぐに畳み、本郷座前にミルクホールを開店。翌春にはこれも畳んで姿を消し、2年後に現れたときに何をしていたかと問えば「神出鬼没の第一着へ大阪へ立廻り、編笠女幽蘭餅と唄われた後に外妾(らしゃめん)と早替りをなし、西の宮へ蘭の茶屋を出すかと思えば、Mパテーの活動弁士となって四国へ落延びた。高知で田舎廻りの女優となり、釜山に渡って絶影島医院の看護見習いとなって色狂人(いろきちがい)を全快させ、一旦久留米に舞戻って『九州毎日新聞』の女記者となり、又候(またぞろ)女優となって韓国から天津に出て芸妓になり、大連へ退却してホテルの女将になったのも束の間、須磨で異人の妾になって徘徊した果てが逐々江戸へ舞戻って来た。口上に曰く『巣鴨の明治女学校跡を借受けて施療患者中の全治退院者を収容する筈』とは化けも化けたり」(『報知新聞』1910年7月15日)。たった2年の間に職業を9つ変え、東京から関西、九州、果ては韓国や中国にまで行っていたとは開いた口がふさがりません。とはいうものの、これらはあくまで幽蘭の口から出た話。嘘とはいわないまでも、半月ももたなかった仕事も数えているのでしょう。ともあれ、記事に書かれた明治女学校跡(前年に経営難で廃校になっていた)に「精神病全治者救護会」をつくる計画は頓挫し、記事の2ヶ月後には熊本県人の戸上哲男と結婚すると通知。しかし、その後、社会主義者福田狂二と結婚したとも報じられます。実は幽蘭、「正当に結婚した男の数だけでも十八、九人、八十人以上の男と関係」(青柳有美)し、幽蘭自身が『サンデー毎日』に連載した自叙伝には「自分はいま九十何人目かの男と一緒にいる。直き百人になる」とあったらしく、それを読んだ黒光は「全く肝を寒」うしたそうなのです。それにしても普通じゃちょっと考えられないようなエネルギーで、違う星から来たとでも考える以外、説明がつきません。ちなみに、自称「本邦初」の新劇女優(浅草金龍館でオペレッタ「チョコレートの兵隊」を幽蘭が演じていたのを木村駒子が見たらしい)をした後の大正以降は、落語家、浪花節語り、女講談師になります。講談師は長く続けたらしく(演し物は「没頭せる恋の威力」「我精神病時代の追憶」などの創作講談、つまり自分の半生を語って全国行脚していたもようで、実際に見た人曰く「やたらにテーブルを叩くだけ」で「下手くそ」だったらしい)なんと1953(昭和23)年には『講談研究』というパンフレットにまだ続けている旨を書いていたそうです。この時点で75歳だった幽蘭が、いつ亡くなったかの手がかりはないそうですが、ここまでの人(いろんな意味で!)もなかなかいないように思います。『破天荒セレブ』から似た人を探すとすれば(幽蘭の方が年上ですが)宮田文子型でしょうかね。

●まだある破天荒エピソード
*大正半ばには剃髪して「幽蘭尼」などと名乗り『本荘幽蘭尼懺悔叢書』なる本を出版しようとしていた。
*一度でも関係した男の名を、漏らさず記載する「錦蘭帳」と称するノートを持っていた(ノートの名は「地獄帖」説あり)
*四十を越えたころ、シンガポールやボルネオで娼婦を営んでいた。髪を二つに分けて派手な格好をして講演会を開いていたとのこと。上海、スマトラなどにも出没し「これまで持った48人の亭主を電話で呼び集めて酒を飲みたい」と気焔を上げていたらしい。

《参考文献》『女のくせに 草分け女性新聞記者たち』江刺昭子(インパクト出版界、1997年)、『黙移』相馬黒光(日本図書センター、1997年)、『近現代日本女性人名事典』(ドメス出版、2001年)、『明治おもしろ博覧会』横田順弥(西日本新聞社、1998年)

20100220



こんばんは。
「百年『と』不良少女 女の子が夜になっても遊び続ける方法」いよいよ明日に迫りました!
カナちゃんもわたしも寝る間も惜しんで準備に精を出しています。
どうぞ遊びに来てください。
そしてそして、イベントだ! 祭りだ! というわけで「戦前文化バッジ」を作ってみました。
女給さんや当時の絵葉書、マッチラベルなどいろんな絵柄のバッジ3つがセットになって600円。
当日会場で販売しますので、どうぞお楽しみに。
それでは、明日お目にかかりましょう!

そうだ、三省堂書店さん公式ブログ「神保町の匠」で『不良少女伝』をご紹介いただきました
貴重な丸ビルのエピソードもあって面白い!
ありがとうございます。

20100216

こんばんは。
またまたまた『明治 大正 昭和 不良少女伝』の書評が出たのでお知らせします。
2月14日付け京都新聞朝刊の書評欄にコラムニストの北原みのりさんが「『やってらんねー』反骨事件簿」と題して書いてくださいました。
実は本のタイトルを『不良少女事件簿』にしようかと思ったこともあったので、嬉しいシンクロニシティ。
そして「一見悪く見える“ギャル”だって、案外中身は『家族を大切に』し『他人に迷惑をかけない』がモットーのモラリストだったりする」のくだりは我が意を得たり。
前著の『20世紀 破天荒セレブ』でもテーマのひとつでしたが、多少の迷惑はかけたりかけられたりが人間関係、小さくまとまっても大きく暴れても同じ人生なら楽しい方がいいよねって思います。
北原さん、ありがとうございました。

で、今週土曜日は出版記念、最後のイベントです!
お席にはまだとっても余裕があります。
どうぞお誘い合わせのうえお越し下さい。



百年「と」不良少女 −女の子が夜になっても遊び続ける方法−
『明治 大正 昭和 不良少女伝 莫連女と少女ギャング団』刊行記念イベント

ライブ:2525稼業(achaco、sara)+高橋裕
トーク:平山亜佐子(『不良少女伝』著者)×木村カナ(from 西荻ブックマーク)
ジャンダークのお君、ガルボのお政、ジャズのお小夜……
戦前の東京を闊歩し、不良少女と呼ばれ、その行状を報道されることによって、新聞紙上に足跡を記した女の子たち。
好奇心と遊び心を携えて、彼女たちの面影を追いかけた本邦初の不良少女史書『不良 少女伝』、その著者・平山亜佐子が、「百年」で歌います、語ります!
物語と歴史、過去と現在、夢と現実を往復することで見えてくる「遊びに遊ばれる新しい世界」とは?
カツマーかカヤマーで頭を悩ませるよりも、破天荒セレブの人生を見よ!
昭和ゼロ年代に学ぶべし!
日時:2010年2月20日(土)19時半開場/20時開演
場所:吉祥寺「百年」東京都武蔵野市吉祥寺本町2-2-10 MURATAビル2F
   Tel / Fax: 0422-27-6885 mail@100hyakunen.com
料金:1200円(「百年」にて『明治 大正 昭和 不良少女伝』(河出書房新社)をお買い上げの方は1000円で入場可)
予約:来店か電話、mail@100hyakunen.comへのメールでお願いします。

20100208

またまた『明治 大正 昭和 不良少女伝』に関する書評のお知らせです。
雑誌『東京人』2010年3月号「Close up TOKYO」の「book」コーナーで細馬宏通さんが拙書を取り上げてくださいました。
現代のいわゆるゴシップ記事を読むときも、われわれは虚実あるなかから背景や人物像を探ることをしている、というご指摘にはあらためてなるほどと気付かされました。
「次回作も期待」と書いてくださり、身の引き締まる思いです。
細馬さん、ありがとうございました。
ちなみに、この号の特集は「江戸吉原」。
松井今朝子さんと渡辺憲司さんの対談「遊郭と芝居 『二大悪所は江戸の夢』」や、「遊女密着24時」「女たちの手練手管」「年間行事カレンダー」などなど、とても興味深い内容です。

そして、先日オンラインでの書評を発見。
honeyee.comの「NEWS-BOOK-」で米国音楽の川崎大助さんが絶賛してくださっています。
「誰かこれ絶対映画化してください──いや、漫画化のほうがいいか......ともかく、まさにバッドガールズの歴史から、ストリートから見た、異形のフェミニズム史といえる、面白すぎる一冊です」とのことで、身に余る光栄であります。
本当におきみの映画が作られたらいいですね。
そのときは脚本を書かせていただきたく思います!(気が早い)

さて、今月20日の吉祥寺「百年」でのイベントのご予約、まだまだ受け付けております。
当日お配りする女性に関する100年年表の項目も募集中。
詳細はこちらでどうぞ。

20100203

「週刊金曜日」1月29日号の「きんようぶんか読書」欄に『明治 大正 昭和 不良少女伝』の書評を発見。
なんと1ページという大きなスペース。
そして、新聞記事を収録したことを、メディア論的な意味合いより、彼女たちが実在であること、無名の実在の人物の「物語」であるという意味の方が大きいという部分をご理解いただけたのがとても嬉しかったです。
対象との距離感は確か前著『20世紀 破天荒セレブ』でも誉められたことがあったけど、自分ではあまり意識していなかったりもします。
逆にいうと、対象に対して思い入れたっぷりに記すノンフィクションが多いということなのかな。
ともあれ、書いて下さった五所純子さん、ありがとうございます。

もう一件、「AERA」2月8日号のBOOK「読まずにいられない」にも書評が掲載されているとのこと。
ありがとうございます。

20100201





今日から2月、早いですねえ。
さて、今月20日のイベント「百年「と」不良少女 女の子が夜になっても遊び続ける方法」では、先日のジュンク堂新宿店イベントでお配りした「不良少女、セレブとビッチの100年史」と題した女性100年史(上記画像参照。クリックで拡大します)をさらに補完したものをお渡しする予定です。
前回つくったものは時間的な制限もあって暫定的にならざるを得ない部分もあったので、今回は対談相手の木村カナさんにもご協力いただき、さらにパワーアップしたものにできればと思っています。
つきましては、このブログをご覧の皆様のお知恵もぜひお借りしたい。
現在、Twitterでは#girlschronoというハッシュタグ(Twitter内のコメントをグルーピングする機能。この文字列をつけるとフォローの有無にかかわらず、ツイートを一覧できます)で、年表に追加する項目を絶賛募集中です!
必ずしも不良やビッチという分類にこだわる必要はなく、メディアに取り上げられた女性や女性にまつわる事件史、法律、芸能史ほか、社会的にはあまり話題にならなかったけど個人的に事件だと思うことなど、なんでも結構ですので、ぜひツイートよろしくお願いします。
Twitterをやってない!という方はbadgirl1920@gmail.comに直接メールいただいても構いません。
皆さんの手でガールズ年表を完成させましょう!
ご協力のほど、どうぞよろしくお願いします!

イベントの告知を再掲。




ライブ:2525稼業
トーク:平山亜佐子(『不良少女伝』著者)×木村カナ(from 西荻ブックマーク)

ジャンダークのお君、ガルボのお政、ジャズのお小夜……
戦前の東京を闊歩し、不良少女と呼ばれ、その行状を報道されることによって、新聞紙上に足跡を記した女の子たち。
好奇心と遊び心を携えて、彼女たちの面影を追いかけた本邦初の不良少女史書『不良 少女伝』、その著者・平山亜佐子が、「百年」で歌います、語ります!
物語と歴史、過去と現在、夢と現実を往復することで見えてくる「遊びに遊ばれる新しい世界」とは?
カツマーかカヤマーで頭を悩ませるよりも、破天荒セレブの人生を見よ!
昭和ゼロ年代に学ぶべし!

日時:2010年2月20日(土)19時半開場/20時開演
場所:吉祥寺「百年」東京都武蔵野市吉祥寺本町2-2-10 MURATAビル2F
   Tel / Fax: 0422-27-6885 mail@100hyakunen.com
料金:1200円(「百年」にて『明治 大正 昭和 不良少女伝』(河出書房新社)をお買い上げの方は1000円で入場可)
予約:来店か電話、mail@100hyakunen.comへのメールでお願いします。