20160913



だいぶご無沙汰していてすみません。
書きかけのエントリはいくつかあるのですが、まとめる時間がなかなかとれず。
そうこうするうちに平気で数カ月経ってしまうのだから恐ろしい。
というわけで(?)今日は軽めのネタを。

先日、資料の棚を整理していたら懐かしいノートが出てきました。
86〜87年ごろに友達と二人で書いていた、その名も「死語ノート」。
当時の感覚で死語だと思った言葉を書いていくだけのものですが、ざっと1100語ほどありました。
固有名詞や人名も混ざっていたりしてなんの整理もされていませんが、見返しているとなかなか面白い。

例えば、「ぶりっこ」は有名ですが、ぶりっこのことを「はまち」ということはすっかり忘れていました。
また、「やばい」の進化形「ちゃばい」も今回思い出した言葉。
それから「芸が細かい」「チェック厳しい(入ってる)」「ポイント高い」といった言い回しも懐かしい(このへんはとんねるず辺りが流行らせた可能性も?)。
あと、ぼやかした言い方には「〜という噂もある」「約X名」「誰とは言わないけど」などいくつかバリエーションがありました。

その他、ジャンル不同で気になったものを抜き書きすると……

アナクロい
プロい
ハクい
はずい(恥ずかしいの意)
ウブい
クサい(わざとらしいの意)
フケる(サボるの意)
ありがち
おや?
キテる
ノってる
いいかもしんない
やってくれるよ
やる時やる
大ボケ
〜ってやつ。
パープリン
頭がピーマン
頭が春
頭、元気?
同類項
はずしたな、と。
好きくない
やめれ
歪んでる
るんたった
オジン、オバン
パーペキ(完璧の意)
どうぞご勝手に
過去の栄光
暗い過去
天然記念物
半殺し
サクセスする
陸(おか)サーファー
午前様
単細胞
ヒス(を起こす)
力(リキ)を入れる
〜のオンパ(オンパレードの意)
ワンパ(ワンパターンの意)
ワンマンプレイ
ロマンスグレー
ヤマ勘
スリル満点
マルチ人間
関係ブー(関係ないの意)

などなど。

文字にすると普遍的な言葉に見えるものもありますが、独自のニュアンスがあるんですが、その辺りは同世代じゃないとわかりづらいかも。

こうしてみると、80年代後半には70年代終わりから80年代初めの言葉がもっとも死語に感じることがわかります。
だからなのか、全体的に浮かれているというか好景気感、バブル感が漂ってますね。
逆に、一周まわって死語じゃなくなった「キモい」「メモる」「トラブる」なんかがあったのも興味深かったです。
「死語」は、「死語」として永遠に固定されるのではなく、時代毎に「死語」に感じるというだけのことなので、何をそう感じたかで当時の空気がわかることが、今回の発見でした。

言葉って面白いです。
また「死語ノート」始めようかな。














20160327



大正14年9月28日に起きた「イタリー人狙撃事件」のお話も3回目。
今日はこの事件がいかに世人に注目されたかを物語る二つの事象をお話しましょう。

ひとつめ。
この事件の予審調書が流出しました。
というのは嘘で、そういう体の偽書が出回りました。
題して「罪の日の裁き」。
「偽作リッチ・愛子事件予審調書」『禁書類従 第10集(上)』銀座書館より(以下同)

内容は少女愛子がリッチにいかに手込めにされたか、という告白を装ったエロ本で、調書風に手書きになっていたりなかなか手が込んでいます。



そうかと思うと、御丁寧に春画風の絵がついていたりして、よくわからない出来になっています。



これがどれほどの信憑性を持って受け止められていたかはわかりませんが、少女と大人というだけでなく日本人女性と外国人という組合せが、暗い興味をそそったのでしょう。
当時のこの事件の消費の方向が透けて見える気がします。


そしてふたつめとしては、なんと事件が映画化されました。
タイトルは「踊り子の指輪」。


大正14年10月23日付読売新聞。右が「踊り子の指輪」のスチール。

島津保次郎監督、吉田百助脚本、桑原昴撮影、松竹蒲田で大正14年10月に封切られました。
出演は英百合子、筑波雪子、松井千枝子、林千蔵、秋田伸一、河村藜吉、武田春郎など。
こちらのサイトの一番下にもスチールが出ています。
が、残念ながらどこに保管されているか不明で現在観ることは叶わないようです。

20160326






引き続き、今日も大正14年9月28日に起きた「イタリー人狙撃事件」のお話。
いよいよ東京地裁で翌年1月22日午前11時から公判が始ります。

■裁判長に甘える愛子の嬌態 濃厚にお化粧して リッチ狙撃犯の公判 大正15年1月23日付読売新聞
当日、愛子は漆黒の断髪、鶯茶色(カーキ色?)の洋服、黒のオーバー、白狐のマフラー、オフホワイトのタイツにハイヒール、濃厚な化粧という出で立ちで登場。公訴事実の確認が始まった。それによれば、愛子は体が弱く小学校を3年で退学、以来母の家庭教育に任されていたが、12歳頃からダンス場に出入りし、大正11年両親が別居すると8500円の養育費を受け取ったという。この金はあっという間に無くなった。リッチに関して検事は、情交を強要されたため殺して指輪を奪おうとしたことを確認。問答の間も愛子は16歳と思えないほど落ち着き払っていた。両親や兄についても問われ、愛子の口からは母の派手好きや父の嫉妬深さが語られた。
裁判長「何が好き」
愛子「チョコレートで一箱〓(判読不明)八円のものを一日で食べます。芝居は嫌ひで、活動は暇潰しに行くだけです、小説も嫌ひですがトルストイのものなどは、讀みました」
裁判長「女の操とはどんなものか知つてゐるか」
愛子「少しも存じません。ママアなどこんな教育は少しもして下さらないのですもの」
裁判長「交際した外人は誰々か」
愛子「メキシコ公使ホーキン、メツシャーと領事パスペラー、智利代理大使ランボーさんなどです」
裁判長「伊太利人リッチは」
愛子「あの狸はママアの友達です」
裁判長「どうして子供であるお前にそんなに交際を求めるのか」
愛子「それは妾(わたし)の機嫌をとつて何とかするつもりと思ひました」
ここで裁判長が風俗壊乱を理由に傍聴を中止、審理は午後4時まで続いた。
次回公判は2月15日で、兄が証人として立つという。

加害者が未成年とあって質問の仕方が「何処までも温情である」のはいいとしても、ちょっとオツムが弱いのでは、と思わせる愛子です。「ママア」というのも不思議な発音。

■愛子が明るみに出す社交界の醜い姿 脛に傷もつ夫人令嬢がびくびく 何が飛出すか十五日の公判 大正15年2月10日付読売新聞
15日の愛子の証言如何によっては社交界に衝撃をもたらすだろう。

この裁判の南部修太郎による傍聴記が大正15年3月号の『文藝春秋』誌に掲載されたことは前回お伝えした通り。
といっても、傍聴が初めてということで裁判所に行くまでの話が長く、愛子に関しては印象記にすぎないのですが、少し引用してみます。

深谷せい子。これがまた案外だつた。と云つて、新聞によく出る強盗殺人犯如き犯罪人相を豫期してゐた譯でもなかつたが、モダァンガアルと云へば何となくすぐ頭にくる處の、あの丸ビルや帝劇なんぞによく見かける、耳隠し厚化粧の助べつ臭い娘ぐらゐには想像してゐたのだが、まるで飴チヨコでもしやぶつて喜んでゐそうな、強盗殺人未遂なる物々しい罪名にはあんまりそぐはな過ぎる、甘たれのお嬢さんとしか見えないのだ。(中略)何しろ彼女の様子には初めから仕舞ひまで少しも固くなつた處がなかつた。云ひ換へれば、犯罪に對する良心の呵責とかさう云ふ罪に問はれてゐると云ふ恥辱感とか法廷に立ってゐると云ふ畏怖心とか、多くの人前に立たされてゐると云ふ羞恥心や氣おくれなどからくる心身のぎくしやく味が全くなかつた。そして裁判長との問答の如きもまるで家常茶飯の對話的態度で實にはきはきと實に明瞭に實に要領よくやつて行くのだ。たとへば「だつて、だつて、そんな事知らないんですものう……」と云つた調子なのだ。(南部修太郎「深谷せい子裁判傍聴記」『文藝春秋』大正15年3月号)

こんな答え方が明瞭とも思えないけど、ともあれ強烈な媚態だけは伝わります。
そして自分のための裁判で媚態を示す余裕があるというのも不気味な話です。
南部は傍聴記の結びに義憤に駆られ、「どうせ事の序でに、みんなピストルで打ち殺されてしまへばよかつたんだ! 助平毛唐め等!」などとリッチに呪詛を吐くのでした。
さて、新聞記事に戻ります。

■深谷愛子に厳重な監視の眼 不謹慎な彼女の取沙汰に少年審判所の保護司が 大正15年7月2日付読売新聞
執行猶予4年の判決を受けた愛子だが、最近は映画に出るとかカフェーの女給になるとかいう噂が絶えず、寛大な判決が仇になるのではと保護司が監視の目を強めている。検事は、控訴も辞さなかったが愛子の父が泣いて監督を誓ったので諦めたのに、噂が本当であれば遺憾であると語った。

深谷家の父親も存在感が薄いというかなんというか……妻と娘に対してあまりにもノーコンとロールすぎやしないか。
ここでひとまず愛子の情報は途切れますが、今度は「不良外人」リッチが問題を起こし始めます。

■深谷愛子事件のリッチに新犯罪 賣藥法違反で取調べ 昭和2年1月27日付読売新聞
賣藥法違反で近々召喚の見込み。

■札附のリッチまた爪をとぐ 數寄屋橋上での變な行動 密告から判明す 昭和2年5月14日付読売新聞
愛子事件当時、リッチは元ロシア少将マゴマエフから一万円を借りて買い込んだ洋酒をイタリア大使館の物置小屋に大量に保管していたが、最近麻布日ヶ窪の一軒家を借りて売りさばいている。そして数日前、数寄屋橋を通行中の女性に「時計はもう何時でしょうか」などと声をかけ寄りそうようにしていたのを顔見知りに見られ警察に密告されたが、不良外人が日本人女性を陥れる際に些細な声掛けをするのが常套手段なので、リッチの内偵に取りかかるとのこと。

■リッチを追放 相變らず風紀を紊すので 昭和2年9月3日付読売新聞
リッチは毎晩のように銀座、赤坂溜池、麻布十番などに出没しては女性を誘惑して車でホテルに連れ込み、貞操を奪う見返りに香水や化粧品などを与えていたことが判明した。取り調べに際し一切を自白したため、改悛の余地なしとみて近く国外退去を命じる。

このリッチという男の目的はなんなんでしょうか。
密輸をしながら日本に居続けて何がしたいのかよくわかりません。
本国ではモテないけど日本でならモテるからここで遊んでいたい、みたいなことか。

■例のリッチ 資金返へさず訴えらる 昭和3年2月11日付読売新聞
リッチが10日、エヌ・エム・マツコーアエーフ氏によって東京地裁に訴え出られた。両者は共同で洋酒輸入業を営んでいたがリッチが売上を報告しないので契約解除と資金の返還を求めたが応じなかったため。

まだ日本にいたんかい! もうヨーロッパに帰ってからやってくれという感じです。

■盗んで捨てて「紛失しました」 リッチのボルドウを引いた鼠の頓智見破らる 昭和3年6月28日付読売新聞
田村酒店裏に箱入りのボルドーワインが放置してあったのを店の人が見つけて警察に届けたが、署では泥棒が遺棄したと見て捜査していたところ「先日ワイン1ダースを紛失したが届け出はないか」とやってきた男を逮捕した。男はリッチが酒を保管しているイタリア大使館の物置小屋から盗み出したものの隠し場所に困って遺棄し、大胆にも警察に自ら訴え出たもの。リッチは出頭し喜んでワインを引き取った。

……って、リッチまだ日本にいたんかーい!
などと突っ込んでいたら、6年後に今度は愛子の父がまさかの逮捕です。

■深谷愛子の父 召喚される 昭和9年3月29日付読売新聞
スワロフ号金貨引揚げ会の不正被疑事件で、最初の理事長を務めた海軍主計大佐深谷郁郎氏を召喚した。

「スワロフ号金貨引揚げ会」とはなんぞやと思いきや、日露戦争で撃沈されたバルチック艦隊のひとつスワロフ号のことで、どうも1億円分の金貨を乗せたまま沈んでいると考えられていたようです。主計艦のナヒモフ号に至っては大正8年ごろから政治家や実業家が何度もチームを結成して引揚げを試みましたが成功せず。財産をまるまる失う者までいたとか。戦後にはあの日本船舶振興会会長の笹川良一も挑戦し、プラチナのインゴット10kgを引揚げたそうです。たったプラチナ10kg……とは思いますが、金額ではなく男のロマンなのでしょう。

さて、愛子の事件はこれで終わりかと思いきや。
なんとなんと戦後の昭和29年、45歳になった愛子が再び逮捕されていました!



■“リッチ事件”の愛子 窃盗で捕まる 昭和29年7月18日付読売新聞
横浜市中区の古物商から蒔絵小箱一個を盗み出した疑いで入間川愛子を逮捕。

なんともチンケな罪で逮捕されている愛子だけど、彼女にも戦時下の苦労はあっただろうと思うとなんだかしみじみします。

次回は、「リッチ事件」がいかに注目されてかを示す話をふたつお送りします。
なんと映画化もしてました!